2012.01.22 Sunday
入院日記(2)
1月16日(月)
あいにくの雨。
今日のニュースは地中海の豪華客船座礁。
船長が小学生でもしないような言い訳をカメラの前で堂々としている。
同室の三ちゃんと板長はどちらも今日が手術らしい。
10時ごろ呼ばれて、コルセットの型取り。
頭と腕に穴の開いたポリ袋を被って、腰周りをサランラップでぐるぐる巻き。
石膏みたいなのを塗ったくってその上からまたラップ巻いて、固まったら出来上がり。
しかし後で7割帰ってくるとは言え27,000円は痛いな。
午後はリハビリルームで筋力測定。
学生のインターン(?)にやってもらうことになり、つつがなく済んだのだけれど、本職がやると結果が違ったりして。
まあこういう経験を重ねて人は学んでゆくのだからね。
部屋に戻ると手術を終えた二人は別室に移動しており、4人部屋が個室になっていた。
さて、夕食。
今日のおかずは魚のピリ辛煮。うひょうひょ。
病院のご飯は制限食でないせいか、結構おいしい。
去年小姉ちゃんが入院したときは制限食だったので、
「あのクソまずいおかゆ食べるのに家から持ってきたふりかけどれだけ使ったよ」(by小姉ちゃん)(←言葉が汚くてすみません。)
ではいただきまーす。もぐもぐ。
コンコン、ガラガラ
・・おや?ノックをするということは病院の人じゃないな。でもこの部屋には他の患者はいないし、ママンはさっき帰ったはず?忘れ物かな?
「あの、パパン(もちろんパパンとは言ってない。名前)さんでしょうか?」
は?え、ええ。(もぐもぐ)
振り返ると、そこには見慣れぬスーツ姿のダンディな紳士が。
「○○(地名)のパパンさんでしょうか?」
あ、はい(刑事?もぐもぐ)
「あの、私いつもアディちゃんのブログを拝見しております・・・」
は?(読者の人?え?でも何で名前まで?やっぱり刑事?もぐもぐ)
「・・・川向かいに住んでるNと申します。」
もぐもぐ・・・・・・・
もぐもぐもぐもぐ
(え?ちょっと待てよ。まあ名前はご近所だから分かる可能性はあるとして、なぜこの病院に入院していることが?やっぱり刑事?もぐもぐ)
「実はウチの母もここに入院してましてね、で、昨日の日記を読んだところ、ヘルニアで入院でサンルームと書いてあったので、ひょっとしてと思いまして。」
(やはり刑事確定)
ここで名刺をいただいたところ、だれでも知ってる会社の副支店長さんであることが判明。
そんな偉いご近所の人は読んじゃだめですこのブログ。
しばらく犬談義なぞして盛り上がり、ご丁寧にお見舞いまで頂きました。
その後ママンに連絡したところ、本当に川向かい(といっても正面じゃないですが)にお住まいの方であることが判明。
夜はドラマ「ラッキーセブン」。
なぜか今夜はテレビが10:30まで見れた。気まぐれオレンジロード。
1月17日(火)
久しぶりのピーカン晴れの手術前日。
でも北海道では自販機の飲み物が凍ったらしい。恐るべし冬将軍。
今朝のニュースは局部切り取り殺人事件。
このような殺し方だけはしてくれぬよう、くれぐれもママンにはお願いしておかなくては。
明日以降のスケジュールの説明。
何やら尿管だの何だのといった体に通す管のことを聞いただけで気が遠くなる。
「素数の音楽」は難しくてなかなか読み進まない。
夕方、手術の諸注意等をママンと聞く。
当日ママンは立ち会わないのだが。
1月18日(水)
手術当日。
手術室入り口で給食当番みたいな帽子を被せられ、二つ並んだベッドの1つに仰向けになる。
ここで麻酔をかけて、よっこらしょとお好み焼きのように反転させてから手術を行うらしい。
羊を3匹まで数えたところで全てが終わっていた。
しかし、終了後は大変なことになっており、腕には点滴、血圧計、指には心電図、鼻には酸素、おまけに尿管やら背中の傷口にもドレーンとかいうチューブが刺さっているありさま。
神経痛の痛みがなくなるのであればどんな我慢でもすると思っていたのだけれど、これはこれでかなりつらい。
特につらいのが背中にチューブが刺さっていることによる腰痛。
寝るに寝れない(寝たけどね)
1月19日(木)
手術翌日。
相変わらず背中のチューブと尿管はとれないまま。
婆ちゃんがアディの新しい宮殿(室内用)を買ったとのこと。
嬉々として写真を見せてくれる。
赤いお屋根のこじんまりとした邸宅。
アディの反応が気になったが、まだ洗ってもいないうちから喜んで入ろうとして叱られたとのこと。
安心。
夜はとにかく痛みで夜寝れなくて座薬を入れてもらう。
1月20日(金)
ようやくドレーンという背中のチューブが取れて楽になる。
午後からリハビリで歩行訓練も順調。
尿管も取れて腫れて自由の身となる。
意外と尿管を外すのは痛みが無くてよかった。
手術が終わり、「痛みと戦う」という張り合いがなくなってしまったせいか、食べることも寝ることも、「するまでもないこと」になってしまった感がある。
あれほど寝たい寝たいと思っていたのに、いざ寝れるようになると眠れない。つまらん。早く帰りたい。
そう、入院している人は皆家に帰りたいのだ。
そう考えると、基本的に病院で人生の最後を迎えざるを得ない文明国というのは不幸なものだと思う。
ちなみにアディは昨夜、下足場に新しい宮殿を入れてもらったのだけれど、そこから玄関を上がったところに自分で宮殿から布団を出してきて寝てたとのこと。幸せな犬だと思う。
やっと寝れたと思ったら、園子温が監督したような悪夢で目覚める。なぜか頭の中にはスマップ中居の「イェーブル」のCM曲が延々と流れ、その上で酷い腰痛という最悪の有様。また座薬を入れてもらう。
1月21日(土)
1月も20日が終わった。と、いうとあまりたいしたことはないが、1年の1/18程が終わったと思うとちょっとあせる。
特に何も無い穏やかな土曜日。
板長が今日から個室へ移った。差額が8,000円以上もする。王室である。
術後初めてシャワーの許可が出る。
コルセットのつけ方を初めて教わる。
シャワーのときは傷口のガーゼを小さいカバーに付け替えるのだけれど、同室の三ちゃんはその傷口を見せてもらったとのこと。とても真似できない。
ちなみに「傷口はきれいですね。」と言われ一安心。
看護婦さんから「いつもカワイイパンツ履いてますね。」と褒められる。ちょっとうれしい。
「素数の音楽」完読。
グレアム・スウィフトの「最後の注文」を読み始める。
並行して松本人志の「松本」、細野不二彦の「ギャラリーフェイク」、ヤングマガジン2冊も完読。
夜、家から持ってきてもらったDVD「ショーン・オブ・ザ・デッド」。
病室にはDVDプレイヤーが一応ある(AUDINGという聞いたことも無いブランド)のだけれど、これが再生機能しかなく、字幕表示も選べないので、英語音声字幕なしというネイティブかというような鑑賞をする。
夜はやはり眠れない。
多分日中何もしてないからだと思う。
人間ある程度エネルギーを消費しないと眠れないのではないか。
思えば、夜10時以降、TVやネットを見たり、24H営業のスーパーに買い物に出掛けたりしていたのはなんと幸せだったことか。
明け方やはり腰痛が出るが、なんとか座薬なしで乗り切る。
1月22日(日)
朝からTVでNY株価指数。
もうすぐ44歳になるが、未だに株価が下がると何故景気が悪くなるのか理解出来ていない。一応大学は経済学部を出たはずなのだが。
基本的に土日はリハビリも無いため激ヒマである。
せめて散歩でも出来るようになるとだいぶ違うのだろうけど。
日曜は売店も閉まってる。
シャッターが降りているだけなのだが、このシャッターが実に雑で、人の腕が通るくらいの隙間がある。
なので、一番手前の棚に置いてあるアルフォートとかトッポとか、その気になれば
パクリ放題
なのだが大丈夫なのだろうか。
午後、義父と義母がお見舞いに来てくれる。
しばし談笑。
夜は婆ちゃんも含めた全員(犬を除く)が見舞いに来てくれる。
大姉ちゃんは明日から修学旅行。
誕生日を東京ディズニーランドで迎えることになる。
さぞよかろ。
今朝のニュースは局部切り取り殺人事件。
このような殺し方だけはしてくれぬよう、くれぐれもママンにはお願いしておかなくては。
明日以降のスケジュールの説明。
何やら尿管だの何だのといった体に通す管のことを聞いただけで気が遠くなる。
「素数の音楽」は難しくてなかなか読み進まない。
夕方、手術の諸注意等をママンと聞く。
当日ママンは立ち会わないのだが。
1月18日(水)
手術当日。
手術室入り口で給食当番みたいな帽子を被せられ、二つ並んだベッドの1つに仰向けになる。
ここで麻酔をかけて、よっこらしょとお好み焼きのように反転させてから手術を行うらしい。
羊を3匹まで数えたところで全てが終わっていた。
しかし、終了後は大変なことになっており、腕には点滴、血圧計、指には心電図、鼻には酸素、おまけに尿管やら背中の傷口にもドレーンとかいうチューブが刺さっているありさま。
神経痛の痛みがなくなるのであればどんな我慢でもすると思っていたのだけれど、これはこれでかなりつらい。
特につらいのが背中にチューブが刺さっていることによる腰痛。
寝るに寝れない(寝たけどね)
1月19日(木)
手術翌日。
相変わらず背中のチューブと尿管はとれないまま。
婆ちゃんがアディの新しい宮殿(室内用)を買ったとのこと。
嬉々として写真を見せてくれる。
赤いお屋根のこじんまりとした邸宅。
アディの反応が気になったが、まだ洗ってもいないうちから喜んで入ろうとして叱られたとのこと。
安心。
夜はとにかく痛みで夜寝れなくて座薬を入れてもらう。
1月20日(金)
ようやくドレーンという背中のチューブが取れて楽になる。
午後からリハビリで歩行訓練も順調。
尿管も取れて腫れて自由の身となる。
意外と尿管を外すのは痛みが無くてよかった。
手術が終わり、「痛みと戦う」という張り合いがなくなってしまったせいか、食べることも寝ることも、「するまでもないこと」になってしまった感がある。
あれほど寝たい寝たいと思っていたのに、いざ寝れるようになると眠れない。つまらん。早く帰りたい。
そう、入院している人は皆家に帰りたいのだ。
そう考えると、基本的に病院で人生の最後を迎えざるを得ない文明国というのは不幸なものだと思う。
ちなみにアディは昨夜、下足場に新しい宮殿を入れてもらったのだけれど、そこから玄関を上がったところに自分で宮殿から布団を出してきて寝てたとのこと。幸せな犬だと思う。
やっと寝れたと思ったら、園子温が監督したような悪夢で目覚める。なぜか頭の中にはスマップ中居の「イェーブル」のCM曲が延々と流れ、その上で酷い腰痛という最悪の有様。また座薬を入れてもらう。
1月21日(土)
1月も20日が終わった。と、いうとあまりたいしたことはないが、1年の1/18程が終わったと思うとちょっとあせる。
特に何も無い穏やかな土曜日。
板長が今日から個室へ移った。差額が8,000円以上もする。王室である。
術後初めてシャワーの許可が出る。
コルセットのつけ方を初めて教わる。
シャワーのときは傷口のガーゼを小さいカバーに付け替えるのだけれど、同室の三ちゃんはその傷口を見せてもらったとのこと。とても真似できない。
ちなみに「傷口はきれいですね。」と言われ一安心。
看護婦さんから「いつもカワイイパンツ履いてますね。」と褒められる。ちょっとうれしい。
「素数の音楽」完読。
グレアム・スウィフトの「最後の注文」を読み始める。
並行して松本人志の「松本」、細野不二彦の「ギャラリーフェイク」、ヤングマガジン2冊も完読。
夜、家から持ってきてもらったDVD「ショーン・オブ・ザ・デッド」。
病室にはDVDプレイヤーが一応ある(AUDINGという聞いたことも無いブランド)のだけれど、これが再生機能しかなく、字幕表示も選べないので、英語音声字幕なしというネイティブかというような鑑賞をする。
夜はやはり眠れない。
多分日中何もしてないからだと思う。
人間ある程度エネルギーを消費しないと眠れないのではないか。
思えば、夜10時以降、TVやネットを見たり、24H営業のスーパーに買い物に出掛けたりしていたのはなんと幸せだったことか。
明け方やはり腰痛が出るが、なんとか座薬なしで乗り切る。
1月22日(日)
朝からTVでNY株価指数。
もうすぐ44歳になるが、未だに株価が下がると何故景気が悪くなるのか理解出来ていない。一応大学は経済学部を出たはずなのだが。
基本的に土日はリハビリも無いため激ヒマである。
せめて散歩でも出来るようになるとだいぶ違うのだろうけど。
日曜は売店も閉まってる。
シャッターが降りているだけなのだが、このシャッターが実に雑で、人の腕が通るくらいの隙間がある。
なので、一番手前の棚に置いてあるアルフォートとかトッポとか、その気になれば
パクリ放題
なのだが大丈夫なのだろうか。
午後、義父と義母がお見舞いに来てくれる。
しばし談笑。
夜は婆ちゃんも含めた全員(犬を除く)が見舞いに来てくれる。
大姉ちゃんは明日から修学旅行。
誕生日を東京ディズニーランドで迎えることになる。
さぞよかろ。
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